東川辺

東川辺の歴史

兵庫県神崎郡市川町、​東川辺​(ひが​しかわなべ)。
西川辺と​対を​なす、​川辺郷の​東側の​村。
秋には、​県指定の​サザンカが​淡い花を​つけます。​

東川野辺——絵図に残る名

西川辺の​東に​広がる​この​村は、​江戸の​はじめに​描かれた​慶長国絵図に​「東川野辺」の​名で​記されています。​千年前の​「和名抄」に​載る​川辺郷——​その​東側を​受け​持ってきた村です。​江戸時代を​通じて​姫路藩の​領地でした。​

大通寺——山茶花と石の塔

村の​曹洞宗の​寺、​大通寺には、​ふたつの​宝が​あります。​ひとつは​兵庫県指定天然記念物の​サザンカ。​樹高10mほどの​木が、​毎年​10月、​淡い​桃色の​花を​枝いっぱいに​つけます。​もう​ひとつは​康応元年​(1389年)の​銘を​もつ​石造宝篋印塔​(町指定文化財)。​南北朝の​世から、​630年あまり​ここに​立ち続けている​石の​塔です。​

八幡さまと銅山さわぎ

村の​八幡神社は​宝暦13年​(1763年)の​創立と​記録されています。​その​少し前、​寛延3年​(1750年)には​村で​銅山の​試掘が​行われたと​いう​記録も​残っています。​試掘が​その​後​どうなったのか——詳しい​記録は​見つかっていません。​山あいの​村に、​ひと​とき鉱山の​夢が​通り過ぎたのかもしれません。​

城山のこと

村の​東に​そびえる​標高324mの​城山には、​南北朝の​ころ赤松氏の​幕下に​よって​築かれた​川辺城が​あったと​伝えられています。​羽柴秀吉の​播磨攻めで​落城したと​伝わり、​いまは​登山道が​整備されて、​川辺の​里を​一望できる​山に​なっています。​

川辺村から市川町へ

明治22年​(1889年)、​東川辺は​西川辺・浅野・小畑・西田中・北田中・上田中・保喜・屋形とともに​神東郡川辺村と​なりました。​昭和30年​(1955年)には​市川町の​一部に。​いまは、​いちかわ​東こども​園に​子ども​たちの​声が​響く村です。​